事象発生日:2017-12-04
記事公開日:2017-12-04
アクセス数:54638
この記事は,東京大学航空宇宙工学科/専攻 Advent Calendar 2017向けの記事です.
スペースデブリ(宇宙ゴミ)が問題となっています.
今回はJSpOCの発行している衛星衝突アラートと,衛星カタログ番号 (NORAD Catalog Number) から,スペースデブリについて気の向くままに見ていきましょうか.
と,軽い気持ちで書き始めたのですが,たまたま例にあげたデブリが,かの有名なアレで,話が想定外の方向へ飛んでしまいましたが....
東京大学航空宇宙工学科/専攻 Advent Calendar 2017の2つめの記事です.
このときは数式を結構出しましたが,今回は数式なしの,ただのお話(妄言)です.
研究室でぼけーっとしていると,以下のようなメールが届くことがしばしばあります.
The United States Joint Space Operations Center (JSpOC) has identified a close approach between CUBESAT XI 4 (SCC # 27848) and SCC # 30141
Time of Closest Approach: 2017/12/03 03:23:50.000(UTC)
Probability of Collision (Pc): 0.000639509
Overall miss distance: 517.0m
Radial miss distance (RELATIVE_POSITION_R): 11.3m
In-Track miss distance (RELATIVE_POSITION_T): -296.3m
Cross-track miss distance (RELATIVE_POSITION_N): -424.0m.
(以下略)
[日本時間 2017/11/30 18:20 受信]
The United States Joint Space Operations Center (JSpOC) has identified a close approach between CUBESAT XI 4 (SCC # 27848) and SCC # 30141
Time of Closest Approach: 2017/12/03 03:23:50.000(UTC)
Probability of Collision (Pc): 0.000590974
Overall miss distance: 617.0m
Radial miss distance (RELATIVE_POSITION_R): 12.5m
In-Track miss distance (RELATIVE_POSITION_T): -351.9m
Cross-track miss distance (RELATIVE_POSITION_N): -507.1m.
(以下略)
[日本時間 2017/12/01 19:55 受信]
なになに?
東京大学中須賀研究室が打ち上げた超小型人工衛星Cubesat XI-IV が,スペースデブリ (NORAD Catalog Number #30141) と衝突しそうだって??
4通ほどメールが来て,最後のメール(2017/12/01 19:55 (JST) 受信)のときには衝突確率が0.000590974,最接近距離が617.0mだって警告.
さて,まずはこのメールを読み解いてみます.
JSpOCとはアメリカ戦略軍の機関で,人工衛星の衝突アラートを出してくれます.
まあ,orbit determination頑張ってます! ってことですかね.
なお,O/Oはsatellite owner/operator,ODはorbit determinationの略です.
には他にも,各軌道ごとのスクリーニングのスケジュールや,アラートを出す誤差領域,自分の人工衛星の登録方法などが詳しく書かれているので,今後人工衛星を打ち上げる予定のある人はぜひ一読することをおすすめします.
メールを詳しく見ていきましょう.
"Time of Closest Approach" とは,最接近時刻ですね.
"Probability of Collision" は衝突確率.これについては後で.
"Overall miss distance",これは最接近距離とかですかね?
ミスディスタンスっていうと,射撃精度とかの文脈でも出てきますが,その場合確率も考慮しているので,単純な最接近距離のノミナル値ではないかもしれません.
"Radial miss distance", "In-Track miss distance", "Cross-track miss distance" と座標系が登場しました.
下図に画像を引用します.
ただの軌道座標系ですね."Radial miss distance", "In-Track miss distance", "Cross-track miss distance" の順に,軌道半径方向,それに垂直な軌道面内方向,軌道面に対して垂直方向です.
さて,衝突確率の計算方法です.
\begin{align*} {\mathrm{Pc}} = \frac{1}{2\pi \sqrt{\left| \mathrm{Det}(C) \right|}} \iint\limits_{x^2+y^2 \leq d^2} \exp{\left[ -\frac{1}{2} (\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}_{\mathrm{S/P}})^{\mathrm{T}} C^{-1} (\boldsymbol{r}-\boldsymbol{r}_{\mathrm{S/P}}) \right]} dxdy \notag \end{align*}あ,数式出しちゃいましたw
まあ,たいして難しいことはしてなくて,2次元ガウス分布に基づく確率計算しているだけです.
先程の図にあるように,"Collision Plane" \((x,y)\)を定義して,その面内の位置\(\boldsymbol{r}\)について,\(x^2+y^2 \leq d^2\)をみたす領域で積分しているだけです.
\(d\)は2つの物体の体積の総和で,\(C\)は"Radial miss distance", "In-Track miss distance", "Cross-track miss distance" の誤差共分散行列(これは3x3)の,Collison Planeへの射影(したがって2x2)です.
さて,メールには"SCC # 27848, "SCC # 30141" とありますね.
これは衛星カタログ番号といい,地上から観測可能な地球周回の人工物に連番が割り当てられているもので,などから閲覧できます.
2012年に北朝鮮が銀河3号で光明星3号2号機を打ち上げ,「世界で10カ国目(ESA 欧州宇宙機関は1カ国とカウント)の人工衛星打ち上げ国になった」と主張しました.
この時,日本政府は頑なに「事実上のミサイル」と称して,ロケット・人工衛星と認めなかったのは記憶に新しいですよね.
そんななか,「NORAD(北アメリカ航空宇宙防衛司令部)がこれを人工衛星と認めたぞ!」というニュースが話題になりました.
あれは,この衛星カタログに光明星3号2号機が登録されましたよ,ってだけ.
実際の光明星3号2号機の衛星カタログが以下です.
2012-072A 39026 M*- KMS 3-2 NKOR 2012-12-12 YUN 94.4 97.2 514 461 0.4250 2012-072B 39027 UNHA 3 R/B NKOR 2012-12-12 YUN 95.1 97.3 562 480 1.0360 2012-072C 39028 UNHA 3 DEB NKOR 2012-12-12 YUN 91.8 97.2 372 355 0.0362 2012-072D 39029 UNHA 3 DEB NKOR 2012-12-12 YUN 93.1 97.2 440 409 0.0510
#39026にはM
符号がついていますね.
これはNORADが固有名詞をつけましたよ,ということで,同サイトで調べてみると "KWANGMYONGSONG-3" となっていました.
さらに*
はペイロードだということ.
#39027のR/B
はロケットの残骸で,#39028, #39029のDEB
はデブリを表します.
つまりこの打ち上げで北朝鮮は(観測可能なサイズでは)4つの人工物を地球周回軌道へと投入したことになります.
話をもどして,ここではこれで相手のデブリの名前だけ調べておきましょう.
デブリ名は,"FENGYUN 1C DEB" でした.
2003-031J 27848 *+ CUBESAT XI-IV (CO-57) JPN 2003-06-30 PLMSC 101.3 98.7 826 813 0.0293
1999-025SW 30141 FENGYUN 1C DEB PRC 1999-05-10 TAISC 101.1 99.0 826 792 0.0084
さて,衝突しそうな2つの人工物の名前 (#27484, #30141) と衝突時間 (2017/12/03 03:23:50.000 (UTC) / 2017/12/03 12:23:50.000 (JST)) がわかったので,その時の軌道を可視化してみてみます.
軌道計算は果てしなくめんどくさいので,Satellite TrackerというAndroidアプリを利用します.
最接近時刻約2分前の位置と軌道は以下の図です.
おぉ,高度もほぼ同じ,ウランゲリ島の北東で軌道が重なりそう??
最接近時刻前後の位置と軌道は次の図です.
Cubesat XI-IVの方が選択されていて,FENGYUN 1C DEBはその近くにある衛星です.
ぶつかった...? ってない...?
フリーソフトの時間・空間分解能じゃ,なにもわからねぇ....
(てか,3次元空間内での衝突を2次元ビューで見てる時点であれ.)
もう少しちゃんと軌道を見ていきましょう.
TLEという軌道情報がNORAD(北アメリカ航空宇宙防衛司令部)から公開されています.
先程の衛星カタログにのっている物体は,ほぼ全てが入手可能です.
より,Cubesat XI-IVとFENGYUN 1C DEBの最新のTLE(2017/12/03 時点)を取得してきました.(ログインが必要)
1 27848U 03031J 17336.70420730 +.00000058 +00000-0 +46393-4 0 9991 2 27848 098.6979 343.5825 0008908 225.7134 134.3313 14.21688332748115
1 30141U 99025SW 17336.86506809 +.00000968 +00000-0 +43330-3 0 9995 2 30141 099.0134 095.5283 0023852 265.0802 220.1962 14.24904732563082
TLEのフォーマットは,簡単にまとめると下図です.
に図付きで詳しく解説されているので,ここでは説明は省略しますが,つまりこのデータがあれば,そこそこの精度(~1km)で地球周回の人工物の軌道が計算できます.
TLEが取得できたので,あとは軌道を計算するだけです.
「人工衛星の軌道ってただの楕円軌道でしょ! 高校生でも計算できるじゃん!」
って思ってた時期もありました.
でもね,とくにLEO(低軌道)には空気抵抗もありますし,さらには地球は完全な球ではないので,重力場も単純な質点近似では全く精度が出ません.
そこで,SGP4 (Simplified General Perturbations Satellite Orbit Model 4) というモデルを使って計算します.
にそのモデルの説明とSGP4を実装したソースコードが公開されています.
あー,なんだこれ? めんど....
地球重力場,J4項まで考慮してんのか....(Jx項とは,地球重力場を多項式基底表示したときのx番目の係数)
というわけで,ここでは軌道計算ツール「Satellite Tracker 3D」を用いましょう.
上記2つのTLEを入力して...,時間をぽちぽち打って...,カメラの位置をセットして...,
最接近時刻前後1秒間を可視化してみたのが次の動画です.
おーー.
衛星速いな....(それはそう.)
秒速7.5kmで飛行する2つの物体がおよそ500mまで接近するって,かなりのニアミスですね.
TLEを用いてSGP4というモデルの下で軌道を計算し,最接近時の軌道を可視化しました.
さて,Cubesat XI-IVはFENGYUN 1C DEBと衝突し,宇宙ゴミへとなってしまったのでしょうか?
これは,実は「わからない」,が正解です.
軌道予測の難しさについて,にわかりやすい図がのっていました.
無数の外乱のある実世界をモデル化することはやはり難しいらしい.
そして,宇宙空間を飛行する物体の速度は秒速数kmのオーダーと大きいので,誤差も大きくなりがちですよね.
SGP4での軌道予想精度は1kmほどと言われてますが,それはTLEの更新がせいぜいその1日前の場合のときの話です.
今回用いたTLEは,先程載せたTLEの1行目に,17336.70420730
,17336.86506809
とあるので,両方とも12/2 (UTC) に更新されているようですね.
したがって,今回の計算はそこそこ精度がよさそうですが,それでも1km程度の誤差はありうるので,実際に衝突していたかどうかはCubesat XI-IVからのテレメトリを受信するか,Cubesat XI-IVそれ自体をレーダーで観測するしかありません.
まあ,3次元空間内で衝突することなんて,メールにあった衝突確率が表しているようにめったに起きませんけどね.
Cubesat XI-IVには推進系は搭載されておりません.
したがって,回避行動はとれないので,ただ神頼みするのみです.
ところで,人工衛星の寿命って何で決まると思いますか?
もちろんハードの寿命などもありますが,支配的なのは燃料です.
デブリと衝突しそうになった場合の回避行動や,軌道維持(外乱や空気抵抗,摂動などで軌道は徐々にずれていく)に燃料が必要なのです.
衛星運用者としては,衛星寿命を最大化するために衝突確率の高くない警報は無視します.
無駄に回避行動をし,燃料を消費して,衛星の運用期間を削ってしまうと,想定していた利益が得られなくなりますからね.
しかし,2009年に,イリジウム社の通信衛星イリジウム33号(運用中)とロシアの軍事用通信衛星コスモス2251号(運用終了)が衝突するという事故が発生しました.
以下のESAの動画の4分22秒~,この衝突と衝突によって発生したデブリのアニメーションが映し出されます.かなりわかりやすい.
In the report issued on 2009 February 10 at 1502 UTC, SOCRATES predicted a close approach of 584 m between Iridium 33 and Cosmos 2251. This was not the top predicted close approach for that report or even the top predicted close approach for any of the Iridium satellites for the coming week. But, at the time of predicted close approach (1656 UTC), Iridium 33 suddenly went silent. The US Space Surveillance Network (SSN) subsequently reported that they were tracking debris clouds in both the Iridium 33 and Cosmos 2251 orbits, confirming a collision.
これを読むと,最接近2時間前では,最接近距離は584mと予想されています.
いかに軌道予測が難しいか,想像できますね.
人工衛星の分野に足を踏み入れたことがある人なら,「FENGYUN 1C DEB」と聞いてピンときましたよね.
2007年,中国によるASAT(衛星攻撃兵器)の実射衛星破壊実験で破壊された,風雲1号Cのデブリです.
このデブリ群は下の図のように,ISS(国際宇宙ステーション)の軌道ともろかぶりしていて,ISSの回避行動がものずごく大変になったそうです.
スペースデブリは,僕が小学校低学年のときから問題だ問題だと言われていますが,一向に有効な解決策がないようですね.
下にデブリ数の推移を貼り付けておきます.
この中国のASAT実験と,「」で紹介したイリジウム衛星衝突事故で大きくデブリ数が増加していることがわかります.
今後も増え続けていくんでしょうね....
ケスラーシンドロームが起きなければいいんですけど....
JAXAによると,2016年度では,JSpOCによる衛星衝突アラートが9万件,衛星の軌道変更の準備を行ったのが約30件,実際に衝突回避行動を実施したのが5件あったそうです.
ある人の話では,JAXAはこの業務にかなりのリソースを食われているようで,頭を抱えているそうです.
軌道予測難しい.... | |
宇宙でポイ捨てするのはやめましょう. |
鈴木和子 [2019/11/09 14:17]
軌道計算がめんどいって言うのはよくわかるような気がします。地図見ながらこの辺ってやってるほうがずっと速いと思うけど…。でも必要ですよね。返事はいいです。実家でパソコン触ってる時間がたまにしかないので。お疲れさまでした
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