たくさんの人工衛星が精度良く秩序正しく編隊飛行し,そしていまだかつてない事ができたら,めっちゃかっこよくない?
東京大学航空宇宙工学科/専攻 Advent Calendar 2020の12月18日の記事です.
今年の2月に修論を提出してから研究の方もあまり進捗がないので,今回は修論の序論で書いた高精度フォーメーションフライト(衛星編隊飛行)の現状についてまとめていこうかと思います.
はじめに,衛星フォーメーションフライトについて軽く説明します.
衛星フォーメーションフライトとは,複数機の衛星がお互いの相対位置・姿勢を制御しながら飛行する衛星編隊飛行技術です.
この技術によって,単一の衛星サイズという物理的制約を打破し,これまでの単一衛星によるミッションではできなかった高度なミッションができるようになると期待されています.
代用的なミッションは,下図のNASA MMS (Magnetospheric Multiscale Mission) のような多点同時観測ミッションです.
単一衛星では一度に1箇所のデータしか取得できないのに対し,このようにフォーメーションフライトを使うと,同時刻多点観測が可能になり,物理現象の三次元的な把握が可能になります.
コンステレーション(GPS衛星とか),フォーメーションフライト,スワーム,などの違いは,説明がめんどくさいのでまたの機会に.
フォーメーションフライトする衛星間の相対位置・姿勢を高精度に制御できるようになってくると,より高度な理学ミッションが可能になります.
衛星間に求められる制御精度と,それによって達成される理学ミッションを下図にまとめました.
■ 多点同時観測(必要精度要求:~km)
MMSのような多点同時観測では,衛星間の制御精度はあまり重要ではありません.
データをとったときの衛星の位置が後解析のときにわかればいいので,むしろ軌道決定精度が重要です.
■ 重力場観測(必要精度要求:~km)
NASA/DLR GRACE (Gravity Recovery And Climate Experiment) は,お互いの相対位置の変位を高精度に測定することで,地球重力場を詳細に観測しました.
こちらもフォーメーションフライトとしての高精度な衛星相対位置・姿勢制御は必要ありません.
一方で,お互いの衛星が場所場所で地球にどのように引っ張られたかを観測するため,地上から衛星に取り付けられたリトロリフレクタにレーザーを照射して絶対位置をcm精度で決定する必要や,200 km程度離れた2つの衛星間の距離の変位をレーザー干渉計によって数10 µm精度で計測する必要はあります.
■ オカルタ観測(必要精度要求:mm~cm)
オカルタ(掩蔽)観測とは,明るいものを遮蔽して,周りの暗いものを観測する手法です.
代表的なものだと,明るい恒星の光を遮蔽してそのまわりを周回する系外惑星を直接観測しようとするNASAのStarshade計画や,太陽を遮蔽してそのまわりのコロナグラフを観測するESA PROBA-3 (Project for On-Board Autonomy-3) などです.
系外惑星観測系のオカルタミッションは結構流行っていて,他にもスタンフォード大学のmDOT (miniaturized Distributed Occulter Telescope)や,日本大学のEuryopsなどが概念検討中です.
オカルタと聞いてもピンとこない人は,下のYoutubeを見るとわかりやすいです.
これは,遠くにある明るい天体をピンポイントで遮蔽する必要があるため,カメラを搭載した衛星と遮蔽板となる衛星の相対位置・姿勢制御精度が極めて重要になります.
たとえば,系外惑星直接撮像を目指すmDOTでは500 kmはなれた2機間で15 cmの相対位置制御精度が,太陽コロナグラフ観測を目指すPROBA-3では,衛星間距離200 mで8.1 mmの制御精度が必要になっています.
■ 干渉観測(必要精度要求:nm~µm)
必要精度要求がnm~µmと,究極的な高精度が達成できると,干渉観測が可能になります.
望遠鏡はその口径が大きければ多いいほど分解能が向上するため,人類は常に大きな望遠鏡を求めていました.
ただ,大きな望遠鏡を建造しようとしても,せいぜい直径数10 m級が限界です.
その物理的な限界を打破するのが干渉観測で,お互いに離れた複数の開口にて光をキャッチし,それを干渉させることで,離れている複数の開口を囲うぐらい大きい望遠鏡に匹敵する分解能を得ることができます.
ただ,干渉させるためには,お互いの開口(衛星の文脈ではお互いの衛星の光学部分)の相対位置を観測波長の1/10程度の精度で制御する必要があり,したがってnm~µm級の制御精度が求められているのです.
鋭い人はお気づきでしょうが,観測波長の1/10なので,波長の長い電波域では要求精度が緩く,今日でもすでに盛んに行われています.
最近だとブラックホールを観測したEHT (Event Horizon Telescope) が有名ですかね?
波長が長いと,光の強度と位相の両方が観測できるので,撮像時ではなく観測後にそれぞれの開口のデータをコンピュータ上で干渉させられるのも,すでに実用化されている理由の一つです.
問題なのは,赤外域,可視域,そしてX線,ガンマ線領域です.
これらは波長が短いので必然的に要求精度が上がるだけでなく,位相が取得できるセンサがないため,撮像時に光学的に干渉させる必要があるのです.
代表的なミッションは赤外域で高分解能を達成し,系外惑星を直接撮像しようとしたNASAのTPF-I (Terrestrial Planet Finder-I) とESAのDarwinでしょうか.
類似の技術として合成開口というものがあり,これは,複数の開口をばらまいて,仮想的に巨大な望遠鏡を構成するものです.
望遠鏡の主鏡がスパースになったと思ってもらえれば大丈夫です.
下の図は東京大学で技術検討が進められているFFSAT (Formation Flying Synthetic Aperture Telescope) で,左側の6機の鏡を持った衛星で光を反射し,右側の撮像装置を持った衛星で像を結ばせて写真を撮るものです.
こちらも,観測波長の1/10の制御精度が必要になります.
電磁波以外の観測ミッションもあります.
重力波といえば,2016年にアメリカのLIGOが初めて検出に成功しました.
ただ,地上での観測ですと,地面振動が外乱になってしまい,観測できない周波数帯があります.
そこで,ESAのLISA (Laser Interferometer Space Antenna),日本のDECIGO,中国の天琴などの宇宙重力場望遠鏡の構想が出てきています.
このように,衛星フォーメーションフライトの制御精度が向上すると,それに応じてできる理学ミッションが増えていくのです.
前章でいくつかの理学ミッションを見てきましたが,このうち現在までで実現されているのは,最初の2つの多点観測と重力場観測のみです.
宇宙空間で高速に飛び交う複数の衛星を,mmやましてはµm,nmといった精度で制御する技術はまだないのです.
「宇宙は無重力だし真空だし簡単じゃないの?」と思うかもしれませんが,下図のような様々な外乱があるのです.
たとえば,土星,木星といった重力外乱や,潮の満ち引きの影響,宇宙といえども空気抵抗は無視できませんし,太陽の光などにもものを押す力があります.
さらには制御しようとしてもセンサやアクチュエータにはノイズがのりますし,µm級の制御などを考えたときは衛星自体の振動や熱変性も無視できないのです.
超高精度フォーメーションフライトが理学観測において極めて強力だということは20世紀にすでに明らかになっており,理論的な研究は進んでいました.
2000年頃になると,アメリカNASAもヨーロッパESAも,太陽系外で生命を育む惑星を見つけるという目標のもと,赤外線で系外惑星を直接撮像しようと上であげたTPF-IやDarwinといったプロジェクトを立ち上げ研究開発を始めました.
しかし,20年前に数10 m以上離れた衛星間の距離をサブµm級に測距して制御するなどは不可能で,両者とも無期限凍結になりました.
理論研究は盛んに行われたものの,実際に衛星を作ろうとすると,「そんな高精度なセンサもアクチュエータもない!!」となり,フォーメーションフライトは下火になっていきました.
しかし,近年,フォーメーションフライトは再び盛んに研究されるようになってきています.
まず1つめの理由は,超小型衛星の台頭です.
これまでは国家が莫大なお金を投入して巨大な衛星をつくって,そして絶対に失敗してはならないという環境下で衛星開発をしていたのですが,近年は金額も重量も1/100程度で,安く,速く,たくさん開発でき,最悪失敗してもいいくらいの超小型衛星というものが盛んに開発されるようになってきました.
そうすると,国の研究機関以外の大学などが,野心的な技術実証衛星を打ち上げたり,また衛星自身が小型になったため一度に複数機を打ち上げたりできるようになってきたのです.
2つめは,センシング技術,微細アクチュエータ技術の成熟と小型化です.
MEMS技術の発展などで,ピエアクチュエータやデフォーマブルミラー,またレーザー変位計などのセンシング技術が発展したのみならず,それらのデバイスが衛星に搭載可能なほど小型化されてきました.
そのような背景のもと,2010年に打ち上げられたスウェーデン宇宙公社の小型衛星PRISMA (Prototype Research Instruments and Space Mission technology Advancement) がディファレンシャルGPSやRF測位,航法カメラなどによって,衛星間距離200~4000 mで数m,衛星間距離20 mで数cmの相対位置制御精度を達成しました.
さらに2014年に打ち上げられたトロント大学のCanX-4&5 (Canadian Advanced Nanospace eXperiment-4&5) は,10cm立方という超小型衛星にもかからわず,Sバンド衛星間通信,キャリアフェーズディファレンシャルGPS,コールドガススラスタなどで衛星間距離が数100 mの状況で1 mという相対位置制御精度を達成しました.
これらの記録はまだ塗り替えられていません(多分).
そして近年は,様々な機関から超小型衛星が打ち上がるようになったこともあり,超高精度フォーメーションフライトに欠かせない技術要素の軌道上実証が進んでいます.
重力波望遠鏡の紹介で登場したLISAの技術実証機LISA Pathfinderが2015年に打ち上がっており,これはµN級でかつ超低ノイズのコールドガススラスタを軌道上実証しました.
さらに2017年にはJPL/MITのASTERIAという超小型衛星が打ち上がり,衛星の姿勢制御システムにピエゾステージという高精度アクチュエータを組み合わせ,2.4 µrad/20 minutesという凄まじい絶対姿勢制御制度を達成しました.
そして2020年,今年には,MITのDeMi (Deformable Mirror Demonstration Mission) という超小型衛星が,デフォーマブルミラーと呼ばれる可変鏡を宇宙実証するために打ち上がりました.
これらの微細な,高精度なアクチュエータよって,µm以下の精度での衛星の位置合わせができるようになる可能性が出てきています.
超高精度フォーメーションフライトのための技術実証が着々と進んでおり,たしかにnmやµm級といった極めて高い精度が必要なミッションはまだまだ現実的ではありませんが,cmやmm級のミッションが現在世界各地で検討されています.
序盤で紹介した,太陽コロナグラフのオカルタミッションPROBA-3はうまく行けば数年以内に打ち上がりますし,系外惑星観測のオカルタミッションmDOTなどもいつ開発フェーズへ移行してもおかしくありません.
東京大学でもSEIRIOSと呼ばれる赤外線干渉ミッションの検討が進んでいます.
そして,これらがうまく行けば,今度は更に高精度なフォーメーションフライトのミッションが実施されていくことでしょう.
駆け足でしたが,ざっと超高精度フォーメーションフライトの現状を紹介しました.
はやくたくさんの衛星がお互いに協調制御され,バンバン飛び合う未来が来るといいですね!
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