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【研究室プロジェクト】ようやくの深宇宙探査機 EQUULEUS 打ち上げと初期運用

事象発生日:2022-11-26

記事公開日:2022-12-08

アクセス数:1510

一生打ち上がらないと思っていた,NASA の新型ロケット SLS (Space Launch System) が 2022/11/16 にまさか(?)打ち上がってしまい,ようやく研究室プロジェクトとして開発してきた 超小型深宇宙探査機 EQUULEUS が宇宙空間に放出されました.

その初期運用が終わったので,書ける範囲での記録です.

 

トップ画は,運用中の DSN (Deep Space Network) Now のスクショです.

EQUULEUS

研究室に所属したときから,超小型深宇宙探査機 EQUULEUS の開発に参加していました.C&DH (Command & Data Handling) 系として,主に衛星搭載コンピュータと搭載ソフトウェアを見ていました.

EQUULEUS やその打ち上げロケットである SLS,そしてアルテミス計画などについては,巷にたくさん解説が転がっているので,詳しくは説明しませんが,EQUULEUS(と,一緒にあがる JAXA の同探査機 OMOTENASHI)については,HP などを見てみるといいかもしれません.

 

EQUULEUS について雑に説明すると,下の写真のようにざっくり 10 x 20 x 30 cm の衛星本体に,太陽光パネルのついた 14 kg 程度の超小型探査機で,水レジストジェット推進器を用いて地球―月 第 2 ラグランジュ点 (EML2) を低エネルギー軌道遷移で目指すことを実証するものです.

と同時に,3 つぐらいの科学観測機器を搭載しています.

EQUULEUS フライト品写真(筆者撮影)
EQUULEUS CAD

長いこと待たされましたが,今回それがようやく宇宙空間にデプロイされたわけです.

SLS 打ち上げ

 

なんか,打ち上がりましたね.

誰も打ち上がるとは思っていなかった(要出典)なので,当時の運用室はこんな状況でした.

 

 

なぜ,こんなにも SLS への打ち上げ期待が低かったかというと,永遠にスケジュール遅延を繰り返しているからです.

2018 年の学園祭で講演したときのスライド(詳細「」)に,こんなページがありました.

2019 年打ち上げになってますね...(そして,この時すでに遅延しているスケジュールで,当初はもっと早かった).

なんやかんやあり,結局は衛星のフライトソフトウェアは去年 2021 年のゴールデンウィークには最終書き込みが行われ,衛星そのもののシステムはフリーズ(確定)されました.

 

 

ソフトウェアの ROM 焼きしたあともさらに延期されるわ,ロケットが射点にセットされてからも燃料リークなどで延期されるわ,で,まぁそんな雰囲気になっていたわけです.

 

今回の打ち上げは,メインペイロードの Orion の他に 10 機(本当は 13 機だった)の 6U CubeSat (超小型人工衛星)が搭載されていました.

これらの CubeSat たちも,延期がなければ史上初の深宇宙 CubeSat になる予定だったのに(MarCo (Mars Cube One) に抜かされた)ねぇ.

 

一方では,延期を繰り返したものの,このクソでかいロケットをきちんと打ち上げることができる NASA の能力は,すごいなぁと思います.純粋に.

試験やリハーサル,打ち上げ中止時などに,なんども極低温の燃料を注入しては抜くというのを繰り返していたので,いろいろまずいのではないか?(タンクの熱応力による疲労とか,しらんけど) と思ったりもしましたが,打ち上がるんですねぇ.

運用

打ち上がってしまったからには,運用しなければなりません.

そしてEQUULEUS は,最初の 10 日ほどが極めてクリティカルなフェーズとなります.

Artemis 1 概要図 [画像出典]

上図が CubeSat らも含めた全体のミッション概要図ですが, CubeSat はメインペイロードである Orion を月遷移軌道へと送り出したあとのロケットの残骸から放出されます.

ロケットの残骸は,そのまま月近傍にあると将来じゃまになるので, Orion とは異なり,地球―月圏から脱出する軌道に入っています.

そこから放出される EQUULEUS も同じ軌道に入っているわけです.

 

Orion 分離.左が Orion,右に CubeSat がつまっている部分が見える.

つまり,探査機放出から数日の間に,

探査機システムがすべて正常か,チェックアウト運用.
探査機軌道決定と,そこから EML2 に向かうための軌道作成.
EML2 に向かうための軌道変更運用.月スイングバイを利用するため,月接近前に軌道変更マニューバと軌道修正マニューバを実施し,スイングバイ後にはクリーンアップマニューバを実施.

をすべて成功させなければいけないわけです.

 

EQUULEUS の開発終盤でメインで動いていた学生は,昨年度博士課程を卒業した代と現博士課程 3 年(つまり我々)です.

ここが研究室プロジェクトのつらいところで,もちろん後輩に引き継ぎ等は行っているものの,実際にその手で開発した人間にしかない感覚や知見がどうしても残ってしまうわけです.

幸いにもそのメンバの多くが今は ArkEdge Space Inc. (株式会社アークエッジ・スペース) に在籍しており,初期のクリティカルフェーズはその立場で関わることになっていました

 

僕は博士論文執筆などもあるため,クリティカルフェーズ中ずっと張り付くのではなく,C&DH 的にもっともクリティカルである初期パスを運用室現地で参加,そのあとはちょこちょこリモートで対応する程度で参加しました.

 

そして,プレスリリース にあるとおり,無事にクリティカルフェーズを完遂したのみならず,搭載理学機器での観測(メインの観測ターゲットでははく,せっかくの月フライバイなのでそのときの月を撮影)にも成功することができました.

 

所感

これまで様々な衛星開発に携わってきましたが,本格的な運用に参加するのは初めてであり,ようやく 初期検討 → 衛星開発 → 運用 のすべてのフェーズを経験することができました.

そして,「自分が ROM 焼きした On-board Computer を深宇宙に放り投げて正常に動作させる」ということがようやくかなったのも,嬉しい限りです.

 

ただ,このソフトウェアの開発が一段落したのはもう 3 年ほど前の出来事であり,当時のソースコード(=今の最新のものと比べるとかなりつらい)に思いを馳せながら運用するのはなかなかつらいものでした.

搭載ソフトウェアのみならず,地上側のシステムやそれを取り巻くエコシステムも,かなりの渋さがあります.

そういった意味でも,早くソフトウェアの力で宇宙業界に変革を起こさねば,という気持ちをまた新たにした機会でもありました.

 

今はそういったことを,研究室を離れて ArkEdge Space Inc. でやろうとしています.

ここのソフトウェアチームは,前職が IT 企業や Web 企業の社員も多く,そういった知見にもとづいて,搭載ソフトウェア,それがインストールされるコンピュータボード,そして地上側のシステムやシミュレータ,さらにはインフラを開発しています.

たとえば,フライトソフトウェアに Rust をつかったり,地上システムの開発を加速するために,仮想的な衛星が AWS というクラウド上に飛んでおり,それを運用することでシステムのテストができるようになっていたりします.

もし,自分のソフトウェアスキルを宇宙業界で活かしてみたいと少しでも感じる方は,ぜひお声がけください.まずは雑談しましょう(笑).IT 業界の方々には,いつも「そんなことでも活かせるの?」と驚かれるぐらいで,宇宙業界は遠いものでも高尚なものでもありません.

似たようなことを,最近書いた ArkEdge Space の技術ブログ『宇宙業界にソフトウェアの力で挑むチームができてから1年が経ちました』でも書いてますので,よろしければこちらもご参照ください.

 

 

話は変わって運用そのものについてですが,やっぱり,宇宙空間に探査機があるということは,なかなか実感しづらいですね.

特に超小型だと通信速度はチリですし,画面上に表示されるデータをみて想像することしかできません.

 

でも面白かったのは,宇宙空間って,本当にピュアな物理現象が見えるんですよ,ということかもしれません.

 

将来,衛星が雑につかえるようになったら,高校物理とかを衛星つかって体験すると良さそう,とか思ったり.

たし,摩擦はないものとする.
ただし,ヒーターの発熱はすべて供試体に吸収されるとする.
ただし空気抵抗は無いものとする.

といったような,高校物理の練習問題で見るような注意書きそのもの,みたいな状態なんですよね.

 

太陽光パネルが太陽となす向きを少し変えるとパネルの温度は下がるし,衛星内部で水を帰化させると理論通りに温度は下がるし,指定した運動量の推進剤を噴射するとそれに応じて探査機の運動量もかわるし,推力ベクトルが重心を貫いてなければ内部の角運動量に変化があるし....すごく綺麗な物理状態が見えるというのは,初めての感覚でした.本当に物理だ...,教科書通りじゃん...,みたいな.

 

 

 

最後に,クリティカル運用終了直後の写真を貼っておきます

クリティカル運用終了後の運用チーム
クリティカル運用終了後 (C&DH)

お祝いケーキ.

クリティカル運用終了後 お祝い

下の記事でも似たようなことに言及してますが,所属研究室は,四角いケーキをしばしば CubeSat にみたてて遊んでます.

出典

JAXA 宇宙科学研究所. EQUULEUS と OMOTENASHI. Retrieved November 26, 2022, from https://www.isas.jaxa.jp/feature/eq-om/
Ryo Suzumoto., et al., Design and Development of Low-cost and Highly Reliable C&DH Subsystem for Deep Space Nano Satellites. 32nd International Symposium on Space Technology and Science, 2019-f-33, 2019.
ArkEdge Space. アークエッジ・スペース 月へ向かう超小型探査機「EQUULEUS」の運用に参画. Retrieved December 8, 2022, from https://arkedgespace.com/news/2022-12-08_equuleus
JAXA. JAXA超小型探査機EQUULEUSの初期運用期間終了について. Retrieved November 26, 2022, from https://www.jaxa.jp/press/2022/11/20221126-1_j.html
ArkEdge Space Blog. 宇宙業界にソフトウェアの力で挑むチームができてから1年が経ちました. Retrieved November 26, 2022, from https://blog.arkedge.space/entry/2022/12/07/113000

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