缶サット甲子園の全国大会への出場を控えている,ある高校生チームの相談にのっていて,途中から AI とこれからの進路の話になった.
そこで,半年ぐらい前から強く意識し始めているあることについて話したので,そのことを備忘録的に少し書いておく.
AI がここまで身近になり便利になったなと思う一方,何かをやらなかったことに対して,「できなかった」とか「やれなかった」とか,そういう言い訳がしづらくなったなとも思う.
昔は,一人でどう頑張ってもわからないものはわからなかったし,理解できないことも多かった.
技術書や参考書を読んでも解説がさっぱり理解できなかったり,そもそも何から勉強すればよいのかわからなかったり,そんなようなことがいくらでもあった.
今は,学習そのもののコストが大幅に下がった(下がってしまった).
AI に自分の状況などのコンテキストを与えてあげれば,それに合わせて説明してくれる.
説明が難しければ,図解や噛み砕いた表現もしてくれるし,足りない前提知識まで戻ることもできる.何度聞き直してもよい.
何なら,一つの学問を対話的に学び直すこともできてしまう.
チームメンバに,ラプラシアンフィルタなどのフィルタ処理について説明したくなって, 「claude ならいい感じにビジュアル付きで解説してくれるんじゃないか?」 と思って1行でお願いしたら, なんと,インタラクティブな触って理解できる画面をさっと作ってくれちゃった… これは教育が変わりそう. https://t.co/aI6bbMHk17
— 溶けかけてるうさぎ (@_meltingrabbit) March 26, 2026
中学生時代に ChatGPT があったら,ここまで英語嫌いになってなかったのになぁ,,,と思う. 疑問に出くわしたとき,教科書みても先生に質問しても 1 mm も解決(納得)できなくて英語(というか語学が)大嫌いになったが,ChatGPT なら概ね解決するのですごい助かる. https://t.co/kMZb2QL5bk
— 溶けかけてるうさぎ (@_meltingrabbit) March 19, 2026
これ自体はとてもありがたいことなのだが,そうなると「わからないから」「学ぶ機会がなかったから」という言い訳が成立しなくなる.
今からでも学べるし,取り組める.AI のお陰で,そんな世界になっている.
私も,情報工学や情報理論を体系的に学んでこなかったことには,少しばかりかコンプレックスがあった.
必要に応じて勉強してはきたけれど,ちゃんと体系的に学んだ人とは見え方が違うのだろうな,と思うことはよくあった.
でも,今はそれも「ちゃんと学ぶ機会がなかった」で済ますことはできないんだなと感じる.
ただ,「自分がやらなかった」,それだけ.
もちろん時間は有限なので,何でも全部やるわけにはいかないし,何でも全部自分でやればいい,というわけでもないと思う.
一方で,現状や課題などを認識しつつもそれを放置することは,「それを解決することを怠ったんだな」,となってしまう世の中になったのかもなぁ...と,ふと思ったりしている.
まぁ,強く生きるしかないね.
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